About Me☆生まれつきのこと
19XX年10月22日 大阪府 池田市に生まれる。Born in Osaka
これまでのこと☆高校生の頃出身高校:上宮高等学校。Uenomiya Senior High School 地歴部・写真部に所属。近畿地方の史跡を散策したのはもちろん,大阪中心部を散策することも多かった。その中で,風景・人物・街頭スナップなどを撮影。バイトはカメラ店で。業務は一通りこなす。
☆大学に入って出身大学:早稲田大学。Waseda University ここから東京在住となる。 受験に行ったら,大隈講堂の前に大きな赤旗が何本も翻り,熱烈なアジテーションが聞こえてきた。まさに第4次早大闘争の真っただ中であった……,といっても決して60年代のことではない。ほんのちょっと前のことだ。
97年頃から何やらおかしくなってきたが,それまではまだこうした雰囲気は多少残っていた。もっともそれ以前から,いわゆる「変わったやつ」は少なくなっていたと言われるが,今思えばそれでも結構いたような気がする。 バイト代の少なからざる部分を,古本と中古レコードに費やす。ラディカルな社会科学的文献と60年代・70年代のフォーク・ニューミュージックのレコードか部屋を占領し始める。太田裕美とKarla Bonoffのアルバムは全部そろった。かくして,ミーハーテニスサークルの如きとも,「変革の主体」とはほど遠い,単に,生まれてくる時代を間違えただけの「偏屈の実体」として過ごす。 ☆おしごと大学卒業後,教育労働者となる。Worker of education (Teacher) いまだに遊びに来てくれる教え子(?)もいる…,といえば楽しそうに思われるかもしれないが,実はそんなことはほんの一端。その他は精神的消耗が積もるばかりで,必然的に酒の量も増えた。うまくないも酒に肝臓のアルコール分解能力を消費したことは残念至極。 それでもまだ,キレて簡単に人を殺す時代でなかったことと,「日の丸・君が代」の強制に手を染めることもなく,「自由主義史観」なるファッショ的エセ歴史学もまだはびこっていなかったことは,まことに幸いであった。 ☆大学院に入ってそうした中で,「子ども相手の水商売」から足を洗って,大学院に入学。いわゆる「入院」。
修士学位論文題目『汪精衛の革命思想』
専攻:中国近代史,思想史,近代日中関係史。特に辛亥革命期の革命思想
天安門事件(1989年)を機に,現代中国に関心を持ったが,歴史的観点からの分析とその方法の必要性を感じ,近代史研究を志したというのが,ここに至る理由。辛亥革命期の革命思想を研究テーマに選ぶ。ここでは割とオーソドックスに,手堅いやり方で取り組む。 ☆今のこと現住地東京都豊島区雑司ヶ谷。Zoshigaya, Toshima City,
研究の概況辛亥革命期の革命思想にとどまらず,20世紀初めの中国革命運動と,明治末期日本の初期社会主義者との交渉,辛亥革命の世界史的影響などにも目を向けた研究を進めている。 その他さらに,これら以外の様々な研究・実践(?)活動に関わりつつ,今日に至る。
☆気に入っている&心がけていることば「仮借なき革命的行動力と,どこまでもゆたかな人間性の結びつき,これこそが社会主義の神髄である。世界は覆されねばならないが,そこに流されたあらゆる涙は,たとえ拭い去ることができるものであろうとも,一個の告発として受け取らねばならない。重要な行為をいそぐあまりに,不注意から一匹の虫を踏みつぶした者は,そのことでやはり罪を犯しているのである。」
「哲学者はこれまで世界を様々に解釈してきたに過ぎない。重要なのはこれを変革することである。」
「良き師,良き友,集い結べり」
「報いられることを期待することなき人民への献身」
「天下の憂に先んじて憂え,天下の楽に後れて楽しむ」
「一 ふかくこの生を愛すべし 「批判とは,真実の自己にたいする責任の遂行でなくてはならない。それは自ら信じるところの真理の場所に他者の姿を浮きあがらせて,他者に自己批判をうながすという誠実さの表現でなけれはならない。自己に誠実である限りで他者に批判すべき責任を感じ,この批判の誠実さの程度につれて,自己批判の責任を感じる。これが真理に到達するための弁証法的相互批判における真実の主体的態度である。この真実の主体性にあっては,他者を批判することは,自己批判のための手段であるにすぎない。」
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