Bicycle−つれづれなること前回は結果として水辺の涼を求めたが,その翌週は山を見ながらの旅にした。しかも前回同様青春18きっぷの残りを消化することも,目的のひとつだ。 今度は山へ2005年夏の青春18きっぷ利用期限の9月10日,早朝家を出て飯田橋駅に向かい,ここから輪行することにした。中央本線の前身である甲武鉄道の始発駅は飯田町であったから,中央本線の旅の出発にふさわしい場所……というよりも,早朝の時間において,駅へのアクセスと,自転車を分解する場所の確保に都合がいいからだ。 早朝ゆえに東京発の中央線電車は各駅停車で,しかも乗り換えなしで高尾までいける。さらに甲府での1回の乗り換えだけで長野まで行けてしまう。高尾までは車内で睡眠を補い,その先は車窓からの景色を楽しむ。停車ごとに空気の違いを楽しむのもいい。 長野長野駅前で自転車を組み立てる。以前は鉄筋コンクリート造りながらも,善光寺をもした風情のある駅舎だったが,オリンピックにあわせて開通した新幹線ホームを収容するため,今のかたちになってしまった。使いやすさは以前の方が上かと思ったりもする。
善光寺 善光寺へ向かう道は緩やかな上り坂になる。オリンピックにあわせて整備されたインフラの一方で,閉店したスーパーなどが目につくといった具合に,住民生活の厳しさをうかがわせるものがある。 善光寺の門前町を走り,境内に至る直前で昼食。もちろん信州そばだ。参拝とその後のツーリングに備えての腹ごしらえだ。 そば屋のわきに自転車を止めて善光寺へ。暑さの中,全国からの参拝者でにぎわっている。青空がまぶしく,気温も予想最高気温を軽く上回っていた。この日の予報は,松本の方が高くなっていたのだが,その予想最高気温をも超えている。松本より長野の方が涼しいと思って来てみたのだが… 川中島長野市街地から松代方面に至る途中に川中島古戦場がある。先のオリンピックにあわせて整備された道路を5kmほど走って行くと着く。そのあたりで,私の自転車の走行距離が6000kmを超えた。
川中島古戦場 9月10日は川中島の戦いの日だという。戦い自体は何次にもわたる長期戦だが,上杉謙信が武田信玄の陣に攻め入った例の場面がこの日だという。川中島古戦場とされているのがその場所だという。 古戦場を散策し,すぐ近くにある長野市立博物館に。しばし涼をとるためでもあるが,古代から現代に至る信濃の歴史を概観する上で便利だからだ。もちろん川中島の戦いにに関する展示に,とりわけ重きを置いていることはいうまでもない。 松代松代はもともと長野市とは独立した町であったが,現在は長野市の一部になっている。歴史的には,長野が善光寺の門前町であったのにたいし,松代は真田氏の城下町であった。このことが地域のアイデンティティーを規定しているのであろうか,高速道路の橋脚にも真田氏の家紋・六文銭が描かれている。六文銭は三途の川の渡し賃で,死を恐れず戦うことを求めてのことだ。 ![]()
松代大橋(左), 六文銭が描かれた橋脚(右) 松代城跡は,行くたびごとにきれいに整備されていく感じだ。もっとも街の中心部になく天守閣もないので,街のシンボルという感じはあまりしない。城下町松代の中心は,今の松代の街のそれと重なるであろうが,観光地的に整備されている感じがする。歴史を感じるには少し小綺麗すぎないかと思うが。
松代城跡 幕末の知の巨人ともいうべき佐久間象山もこの地の出身だ。彼をまつった象山神社もあるし,その近くに資料館もある。ちなみにこの資料館を運営しているのはNTTだ。彼が電信実験を行ったことによるものだ。 松代でもう一つ歴史的に重要なのは,対戦末期に街を囲む山中に縦横に掘られた地下壕からなる,松代大本営跡だ。城下町−市街地中心部から象山神社附近を経て山裾に抜けると,地下壕の入口がある。あたかも建設現場か鉱山の入口のようだが,その中は縦横に地下壕が延びている。 ![]()
松代大本営跡の地下壕入口(左), 朝鮮人殉難者慰霊碑(右) ここでも涼しさにほっとするが,造らされた側はそれどころではない。この地下壕を造ったのは,1944(昭和19)年の冬からで,寒中過酷な労働を強いての突貫工事だったという。強制連行された朝鮮人も動員され,犠牲者の慰霊碑が入り口のそばに立っている。また,地下壕入口近くに,市民有志の運営になる「もう一つの歴史館」があり,そこでもこうしたことを知ることができる。
松代大本営跡の地下壕 松代から篠ノ井に向かう。長野に戻るより近いからだ。途中個人運営のギャラリーをのぞく。 篠ノ井川を渡ってしばらく並行して走る。堤防の内側とはいえ水辺に近い分,水辺の涼とまではいかないが,多少は暑さもしのげよう。途中バス停が見えたが,運行されているのはほとんど朝夕だけだ。松代〜篠ノ井の最短ルートは自転車で行くべきだ。 駅前で自転車を分解する。ここも長野新幹線開通にあわせて駅舎が改築され,亜kつての趣は失われ,橋上駅舎化したため,線路の両側の交通も不便になった。だが駅前のペデストリアンデッキから,今走って来た松代方面を望む景色はそれなりにいい。 電車に乗りしばらくすると,篠ノ井線の車窓風景としてもっともすばらしい,姨捨に至る。普通列車ゆえにスイッチバック待ちで長時間停車するため,景色をゆっくり眺めることができた。
姨捨から見た長野盆地 上諏訪松本〜塩尻〜岡谷を経て諏訪湖畔にいたる頃には,日没を過ぎていた。上諏訪駅でまた自転車を組み立て,諏訪湖畔をめざした。湖畔では残照がきれいだ。この地の老舗温泉施設・片倉館で,今日1日の汗を流した。ここは銭湯と同じぐらいの料金で,湖畔を眺めながら入浴できる。 この日のうちに帰らねばならないため,ここで夕食をとる時間がなく,駅前のコンビニで買って車内で食べる。甲府と高尾での乗り換えは往きと同じだ。 。(2006.1.20) |