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あぁ骨折

(2)快復まで

2005/11/8(Tue) 退院1週間

朝,外来診察時間の始まりにあわせて病院へ。そうしないとどれだけ待たされるか解らないからだ。それほど待たされず担当医の診察を受ける。レントゲンを撮りプレートの様子などを確認,術後の経過はまず良好ということに。

もっともすべてが順調にいくわけではない。労災申請書類を窓口で渡したところ,会社と私自身の記入欄はもれなく記入してあるものの,会社印がないので受け取れないと言われてしまう。書類は改めて出し直すことになり,入院時に自己負担した入院保証金は返ってこないままだ。

その後明治通りを南下し,新宿6丁目で道路脇に止まっていたトラックの右側に出ていた人を避けるべく停止していたところ,バイクに追突された。俗に謂うところの「カマ掘られた」だ。だがバイクに乗っていたのはふてぶてしい女だった。

ぶつけられた後輪の修理費用を弁償させようと,バイクのナンバーを控えたあと名前と連絡先を尋ねたところ,この女は携帯の番号だけを紙片に書いたので,さらに尋ねたところ渋々氏名と住所を答えた。だがその氏名たるや首をひねりたくなるようなもので,強いていうなら亡父の知人の姓名から何画かを抜いたものに似ていた。

これで信用できると思うか!?」と私が言ったところ,この女が出したのは免許証ではなく学生証だった。賠償金や罰金に学割がきくとでも思っているのだろうか。世の中を甘く見ている。こうなるともう説教だ。かつての職業がまだ染みついている…

2005/11/11(Fri) 復帰した(?)が…

仕事への復帰は退院した翌日の夕方ということになろう。入院中もノートパソコンを持ち込んでその準備をしていたのだが,本格的な復帰は今週に入ってからだ。

今回の骨折に至った,自転車で向かう仕事に復帰して初めての週末だ。同じところを走っても,2週間を隔てると季節の移り変わりをハッキリと感じ,見てとれる

普段ならきつさを感じることはないのだが,ちょっとした動作でも不便を感じることがある。また週末になってくるとこれまで以上の疲れが感じられる。入院中に体力が低下していたのだろう。

昨晩は帰途,有楽町のDelicafeで早めの夕食を摂ったあと,神田の江戸遊に入浴したが,入浴後一休みのつもりが畳の休憩スペースで1時間ほど眠ってしまった。

疲れに加え,昨日今日とかなり冷えており,それも一因だろう。季節の変わり目,特に寒くなってきたときに,古傷はもとより,かつて骨折したところが痛くなるという話も聞く。一旦は痛みから解放されたと思ったのだが…。

午後,以前仕事をしたところからお誘いを受けたが,寒いときに長時間外にいなければならないので,せっかくだがお断りすることにした。この仕事に限らず,これからの季節,かなり活動に制約が生じることになりそうだ。

2005/12/7(Wed) 朝駆け

退院後1ヶ月あまりが過ぎた。術後の経過確認のために病院へ。外来診察時間のうち担当医が来る曜日と時間にあわせる必要があるので,朝一番で病院に。もちろんそれ以外にも,病院の外来には,朝早くから待っている高齢者が多いので,順番待ちが長くならないようにすることが,その主たる目的となる。

しばらく待って担当医の診察とレントゲン撮影。待ち時間の割には短い時間で済んだ。埋め込まれたプレートが動いたりしていないので,経過は良好とのことだが,折れた骨がつながるのはまだ先の模様。

その後,初冬の都心の風景を楽しみながら,職場へ向かう。

折れた鎖骨と縫合部分
折れた鎖骨と縫合部分

2006/1/23(Mon) 

退院後も経過確認のために,1月ごとぐらいに通院することになっているが,今回もやや間が開いた。「1.17」にあわせて神戸に行った後,尾道方面に足をのばしていたためだ。厳冬期にしかも長期に渡って,大荷物を持っての移動となったため,骨折部分にも負担がかかっていたことだろう。

帰ってきて,手術をした側の鎖骨附近が,もう一方よりやや盛り上がって見えるような気がしたので,病院に行って診てもらうことにした。盛り上がって見えるのは,周囲の腫れがひいてきたことと,埋め込まれたプレートの厚みによりものとのことで,s前回同様短時間ではあったが,診察とレントゲン撮影の結果,異常なしとのことでまずは一安心。

2006/3/6(Mon) 国民の義務と権利

今回もまた経過確認のために朝から病院に。まだ骨はつながっていないものの経過は良好とのこと。手術したあたりに違和感をおぼえるのは,皮膚を切った際に神経も切れているからだと言われる。寒い時期を過ぎても,これからは解放されなさそうだ。

年度末が近づくと用事も増える。病院の後は税務署に行って確定申告書を提出。期限間近ではなかったものの結構混雑していたが,病院ほどは待たされなかった。骨折で仕事を休んで減った収入分以上に納税額も減るわけで,痛みは還付額で埋め合わされることになるのだろう。

これとあわせて労働基準監督署へ。派遣会社から,病院と会社の両方から証明を受けた労災申請書類を,私の居住地の労基署に提出するように言われたからだ。申請者に何かと難癖をつけ,申請をやめさせる「追い返しおじさん」と言われる悪質職員がいるところもあると聞いていただけに,一戦交える覚悟で臨んだが,ほとんど待たされることはなく,職員の応対も丁寧だった。

しかしながら申請自体がすんなりいったわけではない。応対した職員は書類を見て,「書類は[派遣]会社の所在地を管轄する労基署に提出してください。郵送で結構です。」と言い,記入内容をチェックして,事故後最初に行った病院でもらった書類に不備があることなどの記入漏れ箇所を指摘した。

午後仕事に向かう途中,例の病院へ寄って書類記入を依頼し,夕方受け取りに行って,郵送した。

すでに果たした納税の義務と同様,労災受給の権利も全うさせてもらいたいものだ。

2006/5/29(Mon) 

今日もまた病院へ。待ち時間が長くなるより朝一番に行く方が辛いので,午前中の外来診察受付時間の終わり近くに行く。レントゲン撮影の結果,すでに骨はつながっているとのことで,埋め込まれているプレートを除去する日程を決める。

もっとも前日までの1週間結構きつい仕事だったため影響が出ないか心配していたので,問題がないと解って一安心。

2006/6/12(Mon)&13(Tue) 再入院〜プレート除去

再び入院することとなった。もっとも今回は1泊2日と短い。折れた鎖骨を固定していたプレートとワイヤーを取り出すためだ。

午前中に入院して,午後摘出手術というスケジュールのため,昼食はとれないので,朝食をしっかり摂ってから病院へ向かった。

病室に行くと見覚えのある看護婦さんの顔が。なかには
「あら原さん,懐かしいわね」
といってくれた人も。ベッドに横になると早速点滴が始まる。点滴針を差し込む看護婦さんの上手下手はかなりさがあるが,ともあれまずはじめは何とかクリヤー。

午後早い時間に手術。前と同じ手術室へ向かうが,初めてではないのと,前回より簡素なもののようなので,とくに緊張感はない。どうせ切開されている間は麻酔が効いているので,その間はたいして痛みは感じないわけだしなどと思っていたら,前回とは違った苦痛に耐えることとなった。

骨折部を固定していた金属プレートとワイヤーは,違和感が少なく身体になじみやすいということでチタン製のものだったのだが,これが逆に治りつつあった骨となじみすぎてしまい,取り外すのが厄介になってしまったようだ。本来なくなるはずの圧迫感と,骨に響くゴリゴリした感じが続いた。

このとき取り出されたプレートとワイヤーは,
「一時期とはいえ身体に入っていたものだからおみやげに」
ということで,きれいにして渡してくれた。

埋め込まれていた金属プレート
埋め込まれていた金属プレート

30分ほどで手術は終わり,レントゲン撮影をして病室に向かう。前回はストレッチャーで移動したが,今回は車いすだ。点滴台を自分で支えながら移動するのだが,車いすの乗り心地が何やら変だ。タイヤを触ってみると空気圧が少なすぎる。これが自転車ならまともに道を走れたものではない。

病室に戻って一息つこうとしたところ,担当医の先生がやってきて,
「原さん,たいへんなことだ」
という。今撮ったばかりのレントゲン写真を見たら,短いワイヤーの断片がまだ1本残っていたことが判ったというのだ。
「フィルムの傷じゃないですよね…」
といいたくなるような感じもするが,確かにらしきものが写っている。
「今なら麻酔も残っているし,(縫合した)糸を少しほどくだけでできるから」
ということで,今さっき出てきたばかりの,後片付けをしかけている手術室へ逆行した。

この処置自体はたいしたことはなかったが,くっつけたり剥がしたりを繰り返した傷口が,汚く残るのではとの不安がよぎる。

その後は普通に夕食を摂り,21時には世間よりかなり早い消灯をむかえるが,痛みと寝苦しさの相乗作用で,やはり寝付きはよろしくない。

朝が早いのも病院独特のものだろうが,夏至が近い頃だけに夜明けも早く,それがまた余りよく寝られなかった感じを深めさせた。早朝,朝食の前に,看護婦さんが回ってきて,前日1日の大小便の回数を聞かれる。入院生活になれてくると答えられるようにしておくのだが,そうした習慣はとうになくなっているので即答できず。もっともそれほど多い方でなかったことだけは確かだ。

食パンと牛乳という,学校給食のような朝食のあとは,例によって点滴。昨日点滴針を刺したあたりに小さな水ぶくれがあった。変な痛みは感じなかったのでとくに問題はないと思ったが,原因は不明だ。改めて別の箇所に針を刺す。

点滴が終わったらもう昼だ。傷口の処置をしてもらい,昼食を摂ってから退院。丸1日余りの短い入院だった。

帰途,都電鬼子母神停留所前に新しくできた喫茶店で休憩。以前同じ場所に別の喫茶店があったが,それとはかなり雰囲気が違う。オリジナルのスイーツとともに,再びここで行き交う都電を見ながらお茶できるようになったのは嬉しい。

もっとも今日はいつもの通りに都電は行き交っていなかった。午前中荒川区内で起こった追突事故のため,早稲田−荒川車庫前間で10分間隔の折り返し運転になっていたからだ。都電の事故というのは珍しい。私が東京に来てから初めてではなかろうか。

2006/6/19(Mon) 抜糸

先週の手術の後の抜糸だ。入院することなく外来診察時間に行うため,午前中のうちに病院へ。やや腫れが目立つ程度で特に問題はないようだ。

週末に仕事で大阪・神戸を往復して,疲れもたまっていたところだったこともあって,痛みや違和感と傷口が今後もどれだけ残るかが気にかかるところだ。

2006/8/28(Mon) これで終わり!?〜X線は大丈夫?

この日もまた朝から病院へ。それなりの待ち時間の後レントゲン撮影と担当医師の診察。プレート除去後も問題なしとのことだが,傷跡と違和感などは依然残る。それでも治療としてはこれで終わりになるという。

この日は引き続いて健康診断に行かねばならなかった。当然ここでもまたレントゲン撮影があった。機器が新しくそれなりに被曝線量も少ないのかもしれないが,1日に2度もX線を浴びて大丈夫だろうか。それよりも診断結果の方が気にかかる。自覚症状のない病気などをあぶり出して見つけてくるかもしれないので…。

もっともこのところ今までになくたびたびX線を浴びている。今回の健康診断や骨折箇所の診断のための数回だけでなく,昨秋以来通っている歯科でもレントゲン撮影があったからだ。骨折箇所の修復にカルシウムなどの栄養分が消費され,歯にまわらなくなったのであろうか,新たに虫歯になったり,以前の治療箇所また虫歯になったのか,穴が広がったり欠けたりするようになったため,昨年11月からこの初夏までほぼ毎週のように歯科にかかったのだ。1・2ヶ月で済むと思ったが,半年以上もかかってしまった。

ここでも機器が新しく被曝線量も少ないとうたってはいるが,撮影時に被曝防止のために鉛の入ったエプロンを着用するので,やはり何らか影響が出る可能性があるということだろう。個々の機器に関してはともかく,他の医療機関やその他でたびたびX線を被曝した積み重ねがどのように作用するかについては,何ら説くところがない。こちらは撮影箇所が違うので大丈夫という理屈も成り立たないだろう。

2006/10/16(Mon) 最後の労災給付

骨折してから1年になろうとしている。治療は終了したがそれですべてが終わったわけではない。労災の給付金がまだ残っていた。通勤災害による負傷なので療養給付の対象になるのはもちろんだが,他にもらえるものがある。入院・通院のために仕事を休んだ分の休業給付だ。最後に病院に行った後労基署に書類を郵送したが,支給決定の通知が来たのは1月半ほど経ってからだ。これでも早い方かもしれないという。かくして無事最後の労災給付を得ることができた。

それでも傷跡と違和感は残っている。

(2006.11.11)

Bicycle-つれづれなること: